国債の実質利回り vs 株式の益利回りで見る、米国株・日本株どちらが『割安』か2026:株式リスクプレミアムの日米比較
イールドスプレッド(株式リスクプレミアム)とは何か:債券利回りと株式益利回りの「差」が示すもの
株式投資の世界では、「株価が割高か割安か」を判断するために様々な指標が使われます。PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)はその代表例ですが、これらは株式単体の評価尺度であり、「他の資産クラスと比べてどうか」という相対的な魅力度を測ることはできません。
そこで登場するのがイールドスプレッド(Equity Risk Premium、株式リスクプレミアム)です。これは、株式の益利回り(PERの逆数)から国債の実質利回りを差し引いた値を指します。
計算式
イールドスプレッド = 株式益利回り − 国債実質利回り
株式益利回り = 1 ÷ PER × 100(%)
国債実質利回り = 国債名目利回り − 期待インフレ率(BEI)
たとえば、ある株式市場の予想PERが20倍なら、益利回りは 1 ÷ 20 = 5.0% となります。一方、10年国債の名目利回りが3.0%、期待インフレ率が2.0%なら、実質利回りは 3.0% − 2.0% = 1.0%。このとき、イールドスプレッドは 5.0% − 1.0% = 4.0% です。
なぜ「実質利回り」なのか
インフレが進行すれば、名目上の金利が高くても実質的な購買力は目減りします。株式の益利回りは企業の実質的な収益力を反映するため、比較対象となる国債の利回りも「名目」ではなく「実質」で揃えることで、より公平な比較が可能になります。
イールドスプレッドが大きいほど、「国債に投資するより株式に投資した方が、リスクに見合った追加リターン(リスクプレミアム)が大きい」と解釈されます。逆にスプレッドが小さい、あるいはマイナスの場合は、「リスクを取って株式に投資しても、国債に比べて十分なリターンが見込めない」と判断される傾向があります。
2026年8月時点の日米株式市場データ:PER・益利回り・国債実質利回りの実測値
イールドスプレッドの理論を理解したところで、実際の市場データを見ていきましょう。以下は2026年7月末〜8月初旬時点の最新データです。
日本株式市場
| 指標 | 加重平均ベース | 指数ベース | 出典 |
|---|---|---|---|
| 日経平均 予想PER | 17.48倍 | 22.34倍 | stock-marketdata.com(2026/7/28) |
| 株式益利回り | 5.72% | 4.48% | 1 ÷ PER |
| 10年国債 名目利回り | 約2.8% | Trading Economics(2026/8月、3週間ぶり高水準) | |
| 期待インフレ率(BEI) | 1.958% | stock-marketdata.com(2026/7/23) | |
| 国債実質利回り | 約0.84% | 2.8% − 1.958% | |
| イールドスプレッド | 4.88% | 3.64% | 益利回り − 実質利回り |
日経平均株価は単純平均株価(値がさ株の影響が大きい)であるため、指数ベースのPER(22.34倍)が構造的に整合的です。一方、時価総額加重平均ベースのPER(17.48倍)は市場全体の実態をより反映します。本記事では両方の数値を併記し、以降の比較では加重平均ベースを主軸に使用します。
米国株式市場
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| S&P500 予想PER | 20.38倍 | Trendonify(2026/8/7) ※5年平均21.03倍をやや下回り、10年平均19.95倍をやや上回る(10年基準で54.2パーセンタイル、フェアバリュー水準) |
| 株式益利回り | 4.91% | 1 ÷ 20.38 |
| 10年TIPS 実質利回り | 約2.31% | Saving to Invest(2026/7月) ※10年平均0.9%の2倍超 |
| イールドスプレッド | 2.60% | 4.91% − 2.31% |
米国の場合、TIPS(Treasury Inflation-Protected Securities:物価連動国債)の利回りが直接「実質利回り」を示しているため、日本のように名目利回りからBEIを差し引く必要はありません。2026年7月時点のTIPS実質利回りは約2.31%と、過去10年平均(0.9%)の2倍以上の高水準にあります。
日米イールドスプレッド比較:日本株4.88% vs 米国株2.60%の意味
上記のデータを整理すると、以下のようになります。
| 市場 | 株式益利回り | 国債実質利回り | イールドスプレッド |
|---|---|---|---|
| 日本株(加重平均) | 5.72% | 0.84% | 4.88% |
| 米国株(S&P500) | 4.91% | 2.31% | 2.60% |
| 差 | +0.81% | −1.47% | +2.28% |
日本株のイールドスプレッドは米国株より2.28ポイント高いという結果になりました。この差は主に以下の2つの要因で説明できます。
要因①:日本国債の実質利回りが低い(0.84% vs 2.31%)
日本の名目金利は上昇傾向にあるものの、実質利回りはまだ1%未満の低水準です。一方、米国はFRBの利上げ局面が長く続いた結果、TIPS実質利回りが2.31%と高止まりしています。国債の実質利回りが低いほど、株式との「差(スプレッド)」は拡大します。
要因②:日本株の益利回りが米国株よりやや高い(5.72% vs 4.91%)
日本株の予想PER(加重平均17.48倍)は、米国株(20.38倍)より低く、その分益利回りが高くなっています。これは「日本株の方が割安」という見方もできますが、後述するように業種構成や成長期待の違いも反映されています。
日米イールドスプレッドの推移(過去10年想定)
上記グラフは過去10年の日米イールドスプレッド推移のイメージを示したもので、実測値ではなく想定データです。実際のスプレッドは金融政策・企業業績・インフレ動向により変動します。
歴史的に見ても、日本株のイールドスプレッドは米国株より高い傾向にあります。これは日本の低金利政策が長く続いてきたことや、株式市場の成長期待が米国より控えめに評価されてきたことが背景にあります。
フェドモデルの理論と限界:なぜこの指標だけで判断してはいけないのか
イールドスプレッドによる株式の割高・割安判断は、フェドモデル(Fed Model)と呼ばれる考え方に基づいています。これは1990年代後半に、米国連邦準備制度(FRB)の内部レポートで紹介されたとされるモデルで、「株式の益利回りと長期国債利回りを比較することで、株式市場の適正水準を評価できる」という仮説です。
フェドモデルの基本的な考え方
- 株式益利回り > 国債利回り → 株式が相対的に割安(買い時のサイン)
- 株式益利回り < 国債利回り → 株式が相対的に割高(売り時のサイン)
シンプルで直感的な指標ですが、実際には以下のような重大な限界があります。
限界①:業種構成の違いを無視している
日本株と米国株では、市場を構成する業種のウェイトが大きく異なります。
| 市場 | 主要セクター | 特徴 |
|---|---|---|
| 日本株(日経平均・TOPIX) | 製造業・自動車・電機・素材 | 景気循環型、設備投資が大きい、PERは低め |
| 米国株(S&P500) | ハイテク・IT・ヘルスケア | 成長期待が高い、利益率が高い、PERは高め |
米国株のPERが高いのは、GAFAMなどの高成長企業が市場を牽引しているためです。単純にPERの逆数である益利回りだけで比較すると、「成長性の違い」が捨象されてしまいます。
限界②:成長率前提の違い
株式の理論価格は、将来の利益成長率を織り込んで形成されます。米国企業の利益成長率が年5%、日本企業が年2%と想定されるなら、同じ益利回りでも米国株の方が「成長分を加味すれば割安」という見方も成り立ちます。
イールドスプレッドは「現在の益利回り」しか見ないため、将来の成長期待を反映していないという弱点があります。
限界③:会計基準の違い
日本株にはJGAAP(日本基準)・IFRS・米国基準が混在し、米国株は基本的にUS GAAP統一です。減価償却方法・のれんの処理・研究開発費の扱いなどが異なるため、「利益」の定義そのものが厳密には異なります。
限界④:名目 vs 実質利回りの選択
本記事では国債の「実質利回り」を使いましたが、フェドモデルの原型では「名目利回り」を使うこともあります。名目利回りを使う場合、日本10年国債2.8% vs 米国10年国債4.0%(仮)となり、スプレッドの差はさらに拡大します。どちらを使うかで結論が変わる可能性があります。
フェドモデルの限界を踏まえた活用法
以上の限界を踏まえると、イールドスプレッドは「唯一の正解」ではなく、判断材料の一つとして使うべきです。以下のような補完的な視点が必要です。
- 業種別PERの比較(ハイテクセクター同士、製造業同士で比較)
- 過去の利益成長率・ROE推移の確認
- 配当利回り・配当性向の比較
- 為替リスク・流動性リスクの評価
実践:新NISA枠での日米株配分を検討する際のチェックリスト
ここまでの議論を踏まえ、実際に新NISA枠で米国株・日本株の配分を検討する際のチェックリストを示します。
ステップ①:イールドスプレッドの現在値を確認する
まず、直近の日米株式市場のイールドスプレッドを確認します。本記事執筆時点では以下の通りです。
| 市場 | イールドスプレッド | 相対評価 |
|---|---|---|
| 日本株(加重平均) | 4.88% | 債券対比で割安傾向 |
| 米国株(S&P500) | 2.60% | 債券対比ではやや割高 |
ステップ②:業種構成・成長期待を加味する
次に、自分が投資しようとしているETF・インデックスファンドの業種構成を確認します。
以下のケースはすべて仮想の人物設定によるシミュレーションです。実在の人物・事例ではありません。数値は概算であり、実際の運用成果を保証するものではありません。
ケースA:全世界株式インデックス(オルカン)に投資する場合
全世界株式インデックスファンド(eMAXIS Slim 全世界株式など)は、時価総額加重平均で世界中の株式に分散投資します。この場合、米国株が約60%、日本株が約6%のウェイトを占めるため、自動的にイールドスプレッドの高い日本株より、成長期待の高い米国株に多く投資されることになります。
ケースB:日本株を意図的にオーバーウェイトする場合
イールドスプレッドの高さに着目し、「日本株の方が割安」と判断してTOPIX連動ETFや日本株アクティブファンドを多めに組み入れる戦略です。この場合、以下のリスクを許容できるかがポイントです。
- 日本経済の低成長リスク(GDP成長率・人口動態)
- 為替リスクの欠如(円建て資産のみになる)
- 業種の偏り(製造業・金融の比率が高い)
ステップ③:為替リスク・流動性リスクを評価する
米国株投資には為替リスクが伴います。円高になれば、ドル建てで利益が出ていても円換算ではマイナスになる可能性があります。一方、日本株のみに投資すると、「円の実質価値の目減り」リスク(国内インフレ・円安によるグローバル購買力低下)を回避できません。
ステップ④:過去のパフォーマンス・リバランス戦略を確認する
最後に、過去のパフォーマンスを確認します。以下は仮想シミュレーション(モデルケース)です。
| ポートフォリオ構成 | 10年累積リターン(想定) | リスク(標準偏差) |
|---|---|---|
| 米国株100% | +180% | 18% |
| 日本株100% | +110% | 16% |
| 米国株60% + 日本株40% | +150% | 15% |
イールドスプレッドが示唆する「日本株の割安性」は、必ずしも将来の高リターンを保証するものではありません。成長性・流動性・為替リスクを総合的に判断する必要があります。
PER水準による益利回り変化シミュレーション
参考までに、PERが変化した場合の益利回りとイールドスプレッドの変化を示します(国債実質利回りは固定)。
PERが低下(株価が下落)するほど、益利回りとイールドスプレッドは拡大します。株価下落時に「スプレッドが拡大したから買い時」と判断するのは一理ありますが、景気後退で利益そのものが減少するリスクも考慮する必要があります。
まとめ
2026年8月時点のデータでは、日本株のイールドスプレッド(4.88%)は米国株(2.60%)より2.28ポイント高く、債券対比では日本株の方が相対的に割安であることが示唆されます。しかし、この数値だけで「日本株を買うべき」と結論づけることはできません。
イールドスプレッドは判断材料の一つであり、以下の要素を総合的に評価する必要があります。
- 業種構成の違い:米国株はハイテク・成長株中心、日本株は製造業・景気循環株中心
- 成長率前提の違い:米国企業の利益成長率は日本企業より高い傾向
- 為替リスク:米国株は円高リスク、日本株のみでは円安インフレリスクに無防備
- 過去のパフォーマンス:イールドスプレッドが高い=必ずしも高リターンではない
新NISA枠での資産配分を検討する際は、イールドスプレッドを「市場の相対的な魅力度を測る参考指標」として活用しつつ、自分のリスク許容度・投資期間・為替リスクへの考え方に合わせてバランスを調整することが重要です。
免責事項
本記事は情報提供を目的としており、特定の銘柄・資産クラスへの投資を推奨するものではありません。イールドスプレッドは過去データに基づく分析であり、将来の投資成果を保証するものではありません。株式投資には元本割れリスクがあり、株価変動リスク・為替リスク(米国株)を伴います。投資判断は自己責任で行ってください。本記事の数値は2026年8月時点のものであり、最新情報は各公式サイト(日本取引所グループ・Bloomberg・Investing.com等)で必ずご確認ください。