取り崩し戦略

取り崩し率「4.7%」は本当に安全か2026:ベンゲン氏の更新値とトリニティ・スタディの違い、批判的検証と日本の投資家への示唆

📅 2026年10月5日 📖 約9分で読めます
「4%ルールが4.7%に更新された」——FIRE・早期リタイアを目指す投資家の間で、こうした情報が広がっています。しかし、この「4.7%」という数字の出どころを正確に理解している人は意外と少ないのが実情です。多くの記事で「トリニティ・スタディの最新版が4.7%を推奨」と誤解されていますが、実際には4.7%はトリニティ・スタディではなく、4%ルールの元祖ウィリアム・ベンゲン氏が2025年刊行の著書で示した更新値です。しかも、この4.7%には「小型株・マイクロキャップなどを含む7資産クラス分散」という前提があり、Early Retirement Nowの検証では、標準的な55/40/5配分の安全な取り崩し率は3.82%、ベンゲン配分でも4.23%にとどまるとされています。本記事では、トリニティ・スタディとベンゲン氏の違いを整理し、4.7%の根拠と批判的検証、そして日本の投資家が知るべき4つの違いを一次情報で検証します。
📑 目次
  1. 4%ルールの2つの源流——トリニティ・スタディとベンゲン氏の違い
  2. トリニティ・スタディ(1998年・2011年更新)の結論:4%、30年、成功率95%
  3. ベンゲン氏の4.7%更新(2025年):7資産クラス分散の前提
  4. Early Retirement Nowによる批判的検証:標準配分は3.82%、ベンゲン配分でも4.23%
  5. 日本の投資家が4.7%をそのまま使えない4つの理由
  6. では、日本の投資家はどう考えるべきか?
  7. まとめ

4%ルールの2つの源流——トリニティ・スタディとベンゲン氏の違い

「4%ルール」という言葉を聞いたことがあっても、その源流が実は2つの独立した研究から成り立っていることを知らない投資家は少なくありません。

①ウィリアム・ベンゲン氏の1994年論文(SAFEMAX 4.15%)

4%ルールの元祖は、ファイナンシャルプランナーのウィリアム・ベンゲン氏が1994年に発表した論文「Determining Withdrawal Rates Using Historical Data」です。この論文では、1926年以降の米国市場データを使い、最悪のシナリオ(1960年代後半の退職開始)でも資金が枯渇しない取り崩し率として4.15%を導き出しました。ベンゲン氏は「SAFEMAX」という用語を使い、50/50株式債券ポートフォリオで30年間取り崩す前提で計算しています。

②トリニティ・スタディ(1998年)の成功率アプローチ

一方、トリニティ大学のCooley、Hubbard、Walzの3氏が1998年にAAII Journal(米国個人投資家協会)で発表した論文「Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable」は、様々な取り崩し率・期間・資産配分の組み合わせで「成功率」を算出するアプローチを取りました。この研究では、50/50株式債券ポートフォリオで4%取り崩し・30年の成功率が95%と示され、広く引用されるようになりました。

誤解の構図:「4.7%=トリニティの最新版」ではない

ここで重要なのは、トリニティ・スタディの2011年更新版でも、「4.7%」という数字は登場しませんだということです。2011年更新ではデータを2009年まで延長し、インフレ調整する場合の取り崩し率は4〜5%の範囲(成功率75%以上を基準)と示されています。「4.7%」という数字は出てきません。

📌 ポイント
「4.7%」はトリニティ・スタディではなく、ベンゲン氏が2025年8月刊行の著書『A Richer Retirement: Supercharging the 4% Rule to Spend More and Enjoy More』で示した更新値です。この2つの研究を混同すると、前提条件の違いを見落とし、誤った安全性評価につながります。

トリニティ・スタディ(1998年・2011年更新)の結論:4%、30年、成功率95%

1998年原論文の結論

トリニティ・スタディの1998年原論文は、1926年〜1995年の米国市場データ(株式と債券)を用い、取り崩し率・期間・資産配分の組み合わせごとに「成功率」(資産が尽きなかった期間の割合)を算出しました。最も広く引用される結論が、株式50%・債券50%で、インフレ調整しながら年4%を取り崩した場合の30年成功率は約95%という結果です。

2011年更新版:リーマンショックを経ても4%は妥当

2011年の更新版「Portfolio Success Rates: Where to Draw the Line」では、データを2009年まで延長し、リーマンショック(2008年)やITバブル崩壊(2000年〜2002年)を含む期間でも、4%取り崩し・株式50%債券50%・30年の成功率は95〜96%程度と報告されています。

⚠️ 重要:トリニティ・スタディの2011年更新版でも、「4.7%」という数字は一切登場しません。4〜5%の範囲を示したもので、4.7%への引き上げを推奨したわけではありません。

ベンゲン氏の4.7%更新(2025年):7資産クラス分散の前提

4.15%から4.7%へ:何が変わったのか

ベンゲン氏は2025年8月に著書『A Richer Retirement: Supercharging the 4% Rule to Spend More and Enjoy More』を刊行し、1994年の4.15%を4.7%に更新しました。この引き上げの根拠は、ポートフォリオの分散を従来の2資産クラス(米国大型株・債券)から7資産クラスに拡大したことにあります。

4.7%の前提条件(ベンゲンポートフォリオ)

ベンゲン氏の4.7%は、以下の資産配分を前提としています。

資産クラス 配分比率
米国大型株 11%
米国中型株 11%
米国小型株 11%
米国マイクロキャップ株 11%
国際株式 11%
中期国債 40%
短期国債 5%

株式部分の合計55%のうち、44%が小型株・マイクロキャップ・国際株という、従来の「米国大型株中心」とは大きく異なる配分です。ベンゲン氏は、こうした多様な資産クラスへの分散によって、30年間持続可能な取り崩し率を4.15%から4.7%へ引き上げられるとしています。

5,000万円を4.7%で取り崩すと?

具体例で見てみましょう。退職時に5,000万円の資産がある場合、4.7%取り崩しでは初年度の取り崩し額は以下のようになります。

一見すると「年35万円多く使える」のは魅力的ですが、この差額はベンゲン氏の想定するポートフォリオ構成という前提に依存しています。

Early Retirement Nowによる批判的検証:標準配分は3.82%、ベンゲン配分でも4.23%

Karsten Jeske氏の検証(2026年9月)

ベンゲン氏の著書刊行から約1年後の2026年9月28日、FIRE界隈で著名なブログ「Early Retirement Now」の運営者Karsten Jeske氏が、検証記事「Can the new Bill Bengen Portfolio Increase My Withdrawal Rate to 4.7%? – SWR Series Part 65」を公開しました。

📊 Jeske氏の検証結果(同記事より)

Jeske氏は、ベンゲン氏の新方式に懐疑的な立場で、4.7%は同氏の検証では再現されていません。

取り崩し率の比較:トリニティ・ベンゲン・ERNの3つの見解

ここまでの内容を整理すると、以下のようになります。

研究・検証者 取り崩し率 資産配分 期間 成功率/SAFEMAX
トリニティ・スタディ(1998年) 4% 株式50%・債券50% 30年 成功率95%
トリニティ・スタディ(2011年更新)4〜5%(インフレ調整時) 株式50%・債券50% 30年 成功率75%以上を基準
ベンゲン氏(1994年) 4.15% 株式50%・債券50% 30年 SAFEMAX(最悪シナリオ)
ベンゲン氏(2025年更新) 4.7% 株式55%(小型株含む7資産)・債券40%・短期国債5% 30年 SAFEMAX
Early Retirement Now(2026年) 3.82% 標準の株式55%・債券40%・短期国債5% 30年 安全な取り崩し率(同氏の試算)
Early Retirement Now(2026年) 4.23% ベンゲン氏のポートフォリオ 30年 安全な取り崩し率(同氏の試算)

この表とグラフから、「4.7%」はベンゲン氏自身の前提に基づく数値であり、Jeske氏の検証では再現されていないことが分かります。なお、トリニティ・スタディ(成功率)とSAFEMAX(最悪ケースでも尽きない率)は指標の定義が異なるため、数値を単純に並べて優劣を決めることはできません。

日本の投資家が4.7%をそのまま使えない4つの理由

仮にベンゲン氏の4.7%を額面通り受け入れるとしても、日本の投資家がこの数値をそのまま適用することには、以下の4つの構造的な違いがあります。

①円建て資産と為替リスク

ベンゲン氏の研究は米国市場(ドル建て)のデータに基づいています。日本の投資家が円建てで生活する場合、ドル建て資産を取り崩す際の為替リスクが無視できません。

1995年以降のドル円は、円高側で75円台(2011年10月)、円安側で163円台(2026年7月)まで動いており、約2倍の変動幅があります。取り崩し初期に急激な円高が進むと、ドル建て資産を円に換算した価値が大きく減少し、計画が狂います。

②日本の税制(配当・譲渡益課税20.315%)

米国の401(k)やIRA(個人退職口座)では、取り崩し時の税率が所得税率に依存し、退職後の所得が少なければ実効税率は低くなります。一方、日本のNISA以外の課税口座では、配当・譲渡益に一律20.315%(所得税15%+復興特別0.315%+住民税5%)が課税されます。

課税されるのは取り崩し額の全額ではなく、売却益(含み益)の部分だけです。例えば5,000万円を4.7%で取り崩す場合の年235万円のうち、含み益が半分の約117.5万円だと仮定すると、課税額は約23.9万円(117.5万円×20.315%)になります。この含み益の割合は運用実績や取得価額によって変わるため、実際の手取りは個別に試算が必要です。NISA口座内であれば売却益は非課税です。

③日本のインフレ率の違い

ベンゲン氏の研究は、米国の過去のインフレ率を前提にインフレ調整を行っています。一方、日本のインフレ率は過去30年間で大きく異なります。

年 日本のインフレ率(消費者物価指数前年比)
2021年 -0.2%
2022年 +2.5%
2023年 +3.2%
2024年 +2.7%

日本では長らくデフレ・低インフレが続きましたが、2022年以降はエネルギー価格高騰や円安の影響で2〜3%台のインフレとなっています(総務省・消費者物価指数、総合)。米国と同じインフレ前提を日本に適用すると、実質購買力の減少ペースが異なるため、取り崩し計画の見直しが必要です。

④シーケンスリスク(取り崩し初期の暴落)の影響

取り崩し戦略で最も恐れられるのが「シーケンスリスク」です。これは、退職後の最初の数年間に市場が暴落すると、資産残高が大きく減少し、その後の回復が追いつかなくなるリスクを指します。

取り崩し初期に暴落が起きた場合、同じ金額を取り崩し続けると資産の減りが加速するため、状況に応じて取り崩し額を調整できる柔軟性が資産寿命を左右します。固定の取り崩し率を前提とする「4%ルール」「4.7%」は、こうした調整を想定していない点にも注意が必要です。

では、日本の投資家はどう考えるべきか?

「答えは一つではない」という前提

ここまで見てきたように、取り崩し率に「絶対に安全な正解」は存在しません。トリニティ・スタディの4%も、ベンゲン氏の4.7%も、ERNの3.82%も、それぞれ異なる前提条件・資産配分・リスク許容度に基づいた「一つの目安」に過ぎません。

日本の投資家が検討すべき3つのアプローチ

①保守的なベースライン:3〜3.5%

為替リスク・税制・シーケンスリスクを考慮すると、初期取り崩し率は3〜3.5%に抑えるのが現実的です。5,000万円なら年150万円〜175万円の範囲です。物足りないと感じるかもしれませんが、資金が30年以上持続する確率を高めるには、この水準が妥当でしょう。

②柔軟な取り崩し戦略(動的調整)

固定の取り崩し率に縛られず、市場の状況に応じて毎年調整する「動的取り崩し戦略」も有効です。例えば、以下のようなルールを設定します。

この方法なら、暴落時に無理に資産を取り崩すリスクを減らし、好調時には生活水準を上げる余裕が生まれます。

③複数収入源の確保(取り崩しだけに依存しない)

4%ルール・4.7%ルールは「資産取り崩しのみで生活する」前提ですが、現実には年金・副業・不動産収入など複数の収入源を持つ人も多いでしょう。取り崩し率を3%に抑えつつ、不足分を他の収入で補うハイブリッド戦略も検討する価値があります。

最も重要なのは「定期的な見直し」

どの取り崩し率を選ぶにせよ、退職後も毎年ポートフォリオと支出を見直し、必要に応じて調整することが不可欠です。4%ルールは「一度設定したら終わり」ではなく、「スタート地点の目安」と捉えるべきです。

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まとめ

本記事では、「取り崩し率4.7%」の出どころと、その安全性を巡る3つの見解を整理しました。

日本の投資家にとって重要なのは、①為替リスク、②税制(20.315%)、③インフレ率の違い、④シーケンスリスクを考慮すると、米国の前提をそのまま適用できないということです。4.7%をそのまま採用せず、保守的な水準から始めて柔軟に調整する考え方が現実的です。

「4.7%で絶対安全」という単純な結論は存在しません。むしろ、定期的な見直し・柔軟な調整・複数収入源の確保といった「動的なアプローチ」こそが、長期的な資産寿命を支える鍵となります。

2026年10月26日の訂正:トリニティ・スタディ2011年更新版の結論(インフレ調整時は4〜5%の範囲・成功率75%以上基準)、ERN氏の結論の要約、ドル円の高値(163円台)、ベンゲン氏の最悪年の記述を修正しました。

免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の投資助言ではありません。実際の取り崩し率は、個人の資産状況・リスク許容度・税制・為替・市場環境により異なります。投資判断は必ずご自身の責任で行ってください。記事内の数値・統計は執筆時点の一次情報に基づいていますが、最新の制度・税率は国税庁・金融庁等の公式サイトで必ずご確認ください。